太極拳を習得したい方へ
太極拳は色んな種類があります。現在、大きい流派は楊、呉、武、孫、陳の五つがあると公認されています。「太極拳」は名前です。独占使用のように登録されていませんから、何時、誰が「◯◯太極拳」を作っても法的では文句を言われません。この記事は公にされている見方を以って二種の「太極拳」について述べてみます。この二種は陳式とその他です。両方習得できた方も居たんですが、極稀な話です。太極拳を習得したい方はどちらかに集中した方をお薦めします。続いては一般論でその中の区別を話してみます。
陳家が太極拳を創始した話は主に唐豪と顧留馨に指示されました。この一派は文系の出身で、文字での検証に長けていたと言われます。顧留馨は「炮捶」という本に証拠を8本羅列しましたが、第三者の目から見れば本当に多少意味を持つのは3本に過ぎないと言われます。この3本は以下の物です。
1. 「陳氏拳械譜」に陳王廷は剣十三勢五路と百八式長拳一路と炮捶一路を創造したとの記録があります。(「陈王廷创十三势五路、一百零八式长拳一路、炮捶一路。」)
2.「陳氏家譜」に陳王廷は陳氏拳の手と刀と槍の創始者だとの記録があります。(陈王廷是“陈氏拳手刀枪创始人也”)
3.陳王廷は「拳経総歌」を残しています。最初の言葉は「縦放屈伸人没知、諸靠纏繞無皆依」です。
これらの三本を見てみましょう。一本目は陳王廷が一種の武術を創始したことを記しています。しかし、あれは太極拳であるという繋がりはありません。二本目は陳王廷が陳家武術の創始者であることを記しています。同様に太極拳への繋がりはありません。三本目は陳王廷の武術は纏繞を重要視していたことを記しています。
この纏糸勁は陳家以外はありません。纏糸勁は陳家以外の太極拳にない物で、陳家の特色とも呼ばれます。しかし、纏糸勁そんなに難しい物なのでしょうか。難しくて、宝なのに他流太極拳の歴代達人たちが自分の武術に採り入れられなかったんでしょうか。この見方は支持されないと思います。事実、各流派の太極拳は、陳家の物を除き、炮捶や似たような物はありません。楊家の最初の二代が炮捶を練習したといわれますが、その後は炮捶の伝承は無くなりました。陽家は当時の都に安定した生活を持っていたので仕方なく伝承できなかったという線は考えられないと思います。そうなりますと、楊家は自ら炮捶の伝承を放棄したとしか考えられません。
楊露禅が上京し、太極拳を北平(当時の北京)で広めてから陳発科が上京しました。当時に一首の詩がありました。
都门太极旧尊杨,
迟缓柔和擅胜场,
不意陈君标异帜,
缠丝劲势特刚强
意味は以下のようです。
都の町に太極拳の方は楊を崇めた、
ゆっくり、軟らかくて、試合に何時も勝っていた、
意外に陳君が異色の旗を立て、
纏糸勁の勢いがとても強い。
この詩から、武術のスタイルでは楊露禅のほうと陳発科のほうが全然違うということが明らかです。単なる纏糸勁の方を見てみれば、楊式と呉式は抽糸勁を重視しますが、纏糸勁を提唱しません。より合理な一つの解釈は、楊露禅が陳家溝に居たときは既に太極拳と炮捶とは関係していないことをはっきり知っていました。楊露禅は陳家溝で他の多くの套路をも学びましたが、全部太極拳と無関係でした。楊家二代の月日を経て炮捶の伝承を続けないことにしました。
現在陳式太極拳の話では「太極、纏法也」となります。つまり、陳式太極拳は「纏」の方法です。これは同時に、楊式や呉式や孫式や武式など太極拳を陳式の太極拳概念から拒絶していることになります。陳式以外は「纏」をしませんから。陳家の定義から、同じ「太極拳」と呼ばれても、実は別物だということが表れます。楊式や呉式に特に重視される「抽糸勁」は陳式に重視されないことも反対方向からの証明となります。
呉図南は1912年に白雲観に訪れたことがあります。胡玉霊という道士に会った。胡の話によれば、白雲観の道士は明朝から太極拳を練習しつづけてきました。呉は宝鶏にも行った、あっちの道士も太極拳を練習していました。呉図南は1917年に陳家溝に訪れました。陳しん(三つの「金」)に会いました。陳しんが呉図南に、太極拳は余所者の蒋発が陳長興に伝授したものだとはっきりと言ったそうです。当時、杜育万という人とも会ったそうです。杜は自分の太極拳は蒋発から教わったものだと称していたそうです。陳しんは著作の「陳氏太極拳図説」の中に陳式太極拳の始祖は陳卜だという記述を残していますが、上記の話によれば陳しんの話は嘘だと考えられべきです。
それ以外も万籟声という人が「張三豊原式太極拳」を残しています。もし陳家が太極拳を創始したことになれば、楊式からの伝承は唯一の伝承となり、この「張三豊原式太極拳」の出所は説明できないです。
以上をまとめて以下のポイントが分かります。
- 陳家は太極拳の発端ではありません。
- 太極拳の伝承は蒋発から陳長興、そして陳長興から楊露禅でした。
- 纏糸勁は陳王廷の時から存在しつづけました。
- 炮捶はそもそも太極拳ではありませんでした。
上記のポイントから、下記の推論ができます。
- 楊露禅が陳家溝から離れた後、陳家の何者かが太極拳自体が陳家武術より優れていることを認めず、陳家武術の纏糸勁を太極拳の套路(型)に入れて、陳発科の太極拳になりました。
- 現在の陳式はそもそもの太極拳とそれ以外の物の混合体です。どちらかといいますと、それ以外の物(纏糸勁)が中心になっています。(陳式は「太極、纏法也」ですから。)
結論としては、陳式太極拳は楊呉武孫などの太極拳と実質上別物です。よって練習者の皆さんは習得してほしい太極拳はどっちかを決めたほうをお薦めします。
纏糸に行くか、抽糸に行くか、これで道が分れます。片方が上達した後なら、もう片方を取り入れてみることは可能かも知れませんが、「上達」できた前に純粋な道を選んだほうをお薦めします。
参考: http://www.cnkungfu.org/kungfu/2009-02/2185.htm
始めまして、毛先生。私は太極拳に興味ある者です。このホームページ(動画)を見まして、先生の功夫は本物だと感じました。質問なんですが、纏糸勁と抽糸勁の違いは何なのでしょうか?私もゆくゆくは本物の太極拳を習いたいと思います。機会がありましたらご指導よろしくお願いします。
記事を読んでくれてありがとうございます。
纏糸の場合は身体の全ての局部は回しのための力を出します。緩めないです。
抽糸の場合は身体の各部は骨で継ります。つまり、最大限に緩みます。
効果も違いますけど。