この話で私に声を掛けた方々はいます。最近も「気の練り方」を教えるかどうかを聞かれました。
太極拳と気功を混同している方々の様でした。
太極拳は意識です、気ではないよっと話した際は信じてもらえない場面が多いでした。
太極拳の経典に「腹内松静気騰然」という言葉があります。
詰まり、気の存在は古来ある種の認識があります。しかし、『気』と言うのは一体何なのかについて、誰もはっきり言えません。
前期引用の言葉をもう一度見てみましょう。まずは「腹内松静」の四文字です。「腹」は胴体の胸以下の部分でしょう。「内」は内部で、「松」は緩みで、「静」安静や動きの反対面でしょう。つまり、いわゆる丹田を含む、「腹」の部分は緩んで動かないのです。続いては「気騰然」を見てみましょう。「気」はあの定義不明なもので、「騰」は軽く浮かび上がることで、「然」はその様子でしょう。つまり、気は軽く浮かび上がる様子です。全体をつなげて読んでみますと、「緩んでいる且つ静がな腹の中に気は軽く浮かび上がる様子です。」と言う意味になります。その言葉から見れば、気は練れませんよ。なぜなら、気を腹中に練りますと緩みと静かという環境が壊されます。
太極拳の経典にもう一言があります。「全身意在精神、不在気、在気則滞」。「全身」は全身の運動をさします。「意」は注意や要点などを意味します。「在」は……にあるという意味です。「精神」は意識です。「不在気」は気に無いという意味で、「在気則滞」は気にあれば滞るという意味です。この言葉を繋げば、太極拳は気の練習をしないという点ははっきりでしょう。
あちこちの教室に「気」の練習の話をしているみたいですが、あの場合は経典をまったく無視していることになります。太極拳の五つの経典に気についての記述はそもそも少ないです。あのわずかの部分であっても、「気」を自由にして、制御しないでくださいとしか記述が無いです。気功はその反対面で「気」を制御します。
従って、太極拳と気功は別物です。混同しないほうをお勧めします。
しかし、太極拳と気功の交差点が全然ないとも言いきれません。太極拳の「気」に対する態度は一種の気功とみなされても、大した問題になりません。
修練のために考えてみれば、「気」は千の人に千の理解があるんでしょう。だから、その概念に頼ってはリスクが高いです。
まぁ〜、ここで話を止めないは争いの引き金になりかねないため、ここでやめます。
興味ある方はメールや当面で話し合いましょう。無料体験の大歓迎です。よろしくお願いいたします。
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追記:十三勢行功心解に「以心行気、……、以気運身、……」の言葉があります。あれについても誤解しやすいようです。この「気」は実際に意識に導かれる緩んで漂う運動状態を指します。この状態では筋肉の緊張は完全に解かれ、骨があの「気」で運動しているようです。……
先日は、快く無料体験を引き受けていただきましてありがとうございました。
太極拳の五つの経典とはどのようなものでしょうか?
よりしければ、日本語訳のあるウエブでも教えてください、よろしく、お願いいたします。
ネットを検索してみましたが、二つの日本語バージョンは見つかりませんでした。
「太極拳の五つの経典」をタイトルに記事を書いてみました。よろしければご覧ください。