閲覧数:802皆様 又一年間のご愛顧、ありがとうございました。 面と向かって出会った方、ネットを通して連絡を取っていた方、当サイトを見ていた方、ありがとうございました。 太極拳を教えることは楽しいです。教室の皆様の充実した顔を見るのも楽しいです。 今年の教室は終了させていただきました。来年は二月の末まで続く予定となります。あと僅かな時間になるかも知れませんが、少しでも上達になることをお祈りしております。 来年初頭の予定は「教室案内」をご覧下さい。 私は地元に居るか居まいかに拘わらず、来年の三月からしばらくの間、教えないつもりです。私が居ないだけで、折角の太極拳を手放しにすれば、とても残念なことになってしまいます。できれば自主のサークルとして続けてほしいと思います。誰かが指導者を担当しているんでは無くても、練習の体得を話合い、各自の考えをぶつけあい、思いついたことをお互いの身で検証し合い、そうなれば、自主に精進していくんでしょう。サークル内の議論で結論を出せない場合はサークルの間で議論するか、他人に聞いてみるか、勿論私に聞いてみることもできます。 一定の集まりになれば、支部を作ってほしいです。サークルは原則として自主活動なので、できるだけ自主の範囲で活動していただきます。支部になれば、本部の会員団体になっていただきます。(現在は私が本部を代表する考えです。)その場合は本部が詳しい助言や指導をすることになります。支部はある程度で免許皆伝の意味を持ちますので、本部の認定を受けた指導者が居なくては免許皆伝ができません。一定の条件を満たす支部は試験を任されることもあるんでしょう。(これからは級と段を作ることにしました。) 色々な問題にぶつかると思いますが、解決しつづけていけば、来年も充実な一年になりそうです。 最後に、皆様は良い一年をお迎え下さい。 来年も宜しくお願い申し上げます。
12月 26th, 2009
「太極拳」だっても違うよ
2 Comments, 道場誌, by SifuMao.閲覧数:3175太極拳を習得したい方へ 太極拳は色んな種類があります。現在、大きい流派は楊、呉、武、孫、陳の五つがあると公認されています。「太極拳」は名前です。独占使用のように登録されていませんから、何時、誰が「◯◯太極拳」を作っても法的では文句を言われません。この記事は公にされている見方を以って二種の「太極拳」について述べてみます。この二種は陳式とその他です。両方習得できた方も居たんですが、極稀な話です。太極拳を習得したい方はどちらかに集中した方をお薦めします。続いては一般論でその中の区別を話してみます。 陳家が太極拳を創始した話は主に唐豪と顧留馨に指示されました。この一派は文系の出身で、文字での検証に長けていたと言われます。顧留馨は「炮捶」という本に証拠を8本羅列しましたが、第三者の目から見れば本当に多少意味を持つのは3本に過ぎないと言われます。この3本は以下の物です。 1. 「陳氏拳械譜」に陳王廷は剣十三勢五路と百八式長拳一路と炮捶一路を創造したとの記録があります。(「陈王廷创十三势五路、一百零八式长拳一路、炮捶一路。」) 2.「陳氏家譜」に陳王廷は陳氏拳の手と刀と槍の創始者だとの記録があります。(陈王廷是“陈氏拳手刀枪创始人也”) 3.陳王廷は「拳経総歌」を残しています。最初の言葉は「縦放屈伸人没知、諸靠纏繞無皆依」です。 これらの三本を見てみましょう。一本目は陳王廷が一種の武術を創始したことを記しています。しかし、あれは太極拳であるという繋がりはありません。二本目は陳王廷が陳家武術の創始者であることを記しています。同様に太極拳への繋がりはありません。三本目は陳王廷の武術は纏繞を重要視していたことを記しています。 この纏糸勁は陳家以外はありません。纏糸勁は陳家以外の太極拳にない物で、陳家の特色とも呼ばれます。しかし、纏糸勁そんなに難しい物なのでしょうか。難しくて、宝なのに他流太極拳の歴代達人たちが自分の武術に採り入れられなかったんでしょうか。この見方は支持されないと思います。事実、各流派の太極拳は、陳家の物を除き、炮捶や似たような物はありません。楊家の最初の二代が炮捶を練習したといわれますが、その後は炮捶の伝承は無くなりました。陽家は当時の都に安定した生活を持っていたので仕方なく伝承できなかったという線は考えられないと思います。そうなりますと、楊家は自ら炮捶の伝承を放棄したとしか考えられません。 楊露禅が上京し、太極拳を北平(当時の北京)で広めてから陳発科が上京しました。当時に一首の詩がありました。 都门太极旧尊杨, 迟缓柔和擅胜场, 不意陈君标异帜, 缠丝劲势特刚强 意味は以下のようです。 都の町に太極拳の方は楊を崇めた、 ゆっくり、軟らかくて、試合に何時も勝っていた、 意外に陳君が異色の旗を立て、 纏糸勁の勢いがとても強い。 この詩から、武術のスタイルでは楊露禅のほうと陳発科のほうが全然違うということが明らかです。単なる纏糸勁の方を見てみれば、楊式と呉式は抽糸勁を重視しますが、纏糸勁を提唱しません。より合理な一つの解釈は、楊露禅が陳家溝に居たときは既に太極拳と炮捶とは関係していないことをはっきり知っていました。楊露禅は陳家溝で他の多くの套路をも学びましたが、全部太極拳と無関係でした。楊家二代の月日を経て炮捶の伝承を続けないことにしました。…
12月 13th, 2009
力を抜くって信じていますか。
3 Comments, 太極拳の話, by SifuMao.閲覧数:1768今日、教室後でうちの生徒さんと太極拳について会話をしていました。会話は二段がありました。 第一段は太極拳がなぜ力を抜くことに巡っていました。太極拳は何時も「陰」と「陽」で自身を含めた環境を二分します。上と下、左と右、前と後、内と外などはみんな「陰」と「陽」の表現です。太極拳は他の多くの武道との重要な区別は太極拳が純化された半分しか使わないことです。それと照らし合わせて、多くの武道は使える物があればできるだけ加勢に使うことになります。例として、左手で力を出しているときは、右手も力を出せるなら出します。最も普通の考え方でしょうが、太極拳ではこれを「双重」と言い、病です。太極拳は両方を同時に使いません。つまり、太極拳は何時も半分をしか使わないのです。残った半分は消さなければいれません。物理的は消せないので、極端の緩みを以って、消されたときの近似効果を求めます。 第二段は緩みを信じることに纏わる話でした。今の郡山教室に皆が緩まなくではいけないと知っていることは話の相手方に少しの驚きを与えたそうです。皆は練習がうまくいかないときは力を抜くことを試みます。力を入れても強引にやってみることは決して当てにしません。これは難しいですと。話の相手方は私に付いて太極拳を習い初めてから約一年の間に力を抜けば必ずどこかで入れると思っていました。私が肝心なコツを教えていないとも思ったそうです。しかし、今ならもう多少分かります。何よりも力を抜くんだと。
12月 13th, 2009
今日の教室
No Comments, 道場誌, by SifuMao.閲覧数:549今日は郡山教室で「採」を説明しました。二回目の教えを終えました。 来週からは「型」の三回目めの教えを始めます。今度の教えは二月の末まで続く予定です。その後は郡山教室が終わる予定です。 来週は「挒」を説明します。
12月 12th, 2009
歩きだけでも結構使えますか。
1 Comment, 太極拳の話, by SifuMao.閲覧数:1750この前、歩きだけでもできたら結構使えるんじゃないですかって聞かれました。(この「歩き」は「搂膝拗歩」のことを指します。) 正直に言いますと、答え難い質問でした。要するに、その結構というのはどの程度の物でしょうか。うちは教室の最初の時間を歩きに使うことにしています。歩きは基本中の基本とも言えます。基本ができましたら、いろいろできるようになるんでしょう。站椿というやり方もありますが、歩きのほうは硬めやすくないので、この面では站椿よりやり易いです。根本から考えれば、太極拳は「陰」と「陽」の武術です。歩きはこれを超えてなくても、欠けてません。歩きをしっかり「陰」と「陽」の練習で進めれば大きな習得になるんでしょう。問題もあります。何時も一つの動きに専念してしまえば、動きの法則を一つに禁固し易いです。単一のパターンしか分からないようになってしまえば、太極拳の無限変化の理りに反します。中心となるポイントは何時も力を抜けるか、何時も中定を守れるかではないでしょうか。 「搂膝拗歩」をしっかり練習できたら、何ができるというのは難しいですね。「搂膝拗歩」はいくつかの典型的な応用法があります。これらを陰陽に基づいて熟練すれば、相手の攻撃に対する攻防にかなり使えるんではないでしょうか。楊露禅も搬攬捶で全てを片付けると言われます。搂膝拗歩についても同様ではないでしょうかね。一つもポイントはなぜ「陰陽に基づいて」でしょうか。それは無限に変化するためです。太極拳は動きがいくら複雑であっても「陰」と「陽」にしかありません。いくら変化しても「陰」と「陽」から離れません。「陰」と「陽」は太極拳の哲理の始点であり、総括であります。 ですから、「陰」と「陽」の動きを以って「歩き」だけを練習していってもかなりの収穫が得られるんでしょう。 站椿
12月 10th, 2009
ミツカッチャッタ動画コレクション
No Comments, 道場誌, by SifuMao.閲覧数:1395ネットで見つけた良い動画をこのページに集めました。 達人の最新推手録画 馬江豹先生と費国清先生 吉良辰の弟子の呉蔭穠さんの楊式太極拳 本当の古伝楊式太極拳らしい 馬海龍の太極拳推手動画 韓和平先生の「陰陽相済」の解釈動画
12月 8th, 2009
他の武芸を太極拳と一緒に学習する場合
No Comments, 太極拳の話, by SifuMao.閲覧数:872武道や武術を仮りに「武芸」を称しましょう。 武芸の種類は千差万別です。太極拳だけでも多数の種類と流派があります。指導者個人の理解によっては色んなやり方が存在しています。完全な脱力で遣る先生が居れば、体勢を低くして上に激突する先生も居ます。体を後ろに傾けて悪いと思う先生が居れば、傾けて当然だと思う先生も居ます。意識の導きで相手を誘導する先生が居れば、力で相手を運ぶ先生も居ます。見えない円を描いている先生が居れば、明らかに円を描く先生も居ます。筋力を練習しない先生も居れば、筋力をばりばり練習している先生も居ます。膝は爪先より出て悪いと思う先生も居れば、膝は爪先よりよく出ている先生も居ます。などなどです、まだまだ続けますよ。 因みに私は「居れば」の左側のほうです。 そこで、あなたが練習者として何が欲しいかは本当の問題になります。よく聞こえる答えは「強くなりたい」でしょう。アニメや映画の中からもこのような答えはよく聞こえます。「強くなりたい」は格好いい答えですが、かなり意味不明な答えです。武芸で習得できる強さは色んな種類があります。強引な力で相手を圧倒する強さか、すばやい動きで相手と遊撃して勝つ強さか、巧妙な動きで相手を振り回す強さか、などなど、どれでしょうか。各種の強さの間に矛盾している物はありますよ。最も明らかな例は若しくは速度と力の反比例関係でしょう。力を大きくすれば、筋肉が増えます。筋肉が増えれば、重量も増えます。重量が増えれば、速度が落ちます。選択しなくては。 一種の考えは、多くの武芸を学べば上達します。こういう考えを持つ方は少なくないと思います。一定の範囲では、これは正しいです。でもこの範囲が大きすぎたら、どうなるんでしょうか。必ず、矛盾している物が出るんでしょう。残念ながら、太極拳がその矛盾を起こす場合は結構あります。この太極拳は上の「居れば」の左側に限ります。空手や柔道を遣りながら、太極拳を遣っている方も見えます。空手や柔道で学んだ力は体に浸み渡り、太極拳を遣るときも無意識で使ってしまいます。習慣になっているんなので、言うだけでは簡単に治れません。 もしまだ納得できなければ、一つの例を考えてみましょう。コーヒーと牛乳を混ぜれば美味しい飲物になります。更に砂糖を入れれば、もっと美味しいですね。お酒も美味しいでしょうが、お酒も入れましょう。ジュースも美味しいですから、ジュースもいれましょう。おつゆも美味しいですから、おつゆも入れましょう。などなども入れましょう。それでできた液体を飲みたい人が居るんでしょうか。武芸も同じです。性質の相容れない武芸を身につけても、互いの助けになるとは思えません。 太極拳を習得したければ、少なくても太極拳を主にしたほうをお薦めします。なぜなら、主にされた物は主導的な地位を占めます。その他の物は補助でしか成りません。もし太極拳を主にしていなければ、太極拳は補助的な知識になり、体の中に諦めたくない物は太極拳に十分なスペースを残しません。強い筋力を基本にする武芸を内面とした場合は更に太極拳の原則に完全に反します。そうなれば、太極拳を習得できないのも筋が通ります。もし逆にすればどうなるんでしょうか。太極拳を主にし、他の武芸の内面にすれば、どうでしょうか。それは、力抜きで他の武芸を発揮することになります。例えば、力抜きでも空手にパワーを出し、力抜きでも柔道で相手を投げます。それは精進と考えてもよろしいことでしょう。勿論、練習と探索が必要です。最初は逆に弱くなるとの見通しでしょう。探索中の負けを恥と思わず、正解を求めるために探りつづける人が、何時か太極拳を真理を手にするんでしょう。 太極拳という簡単な、同時に奥深い、中国の伝統武術を習得するために、まだまだ説明しなくてはならないポイントが多々ありますが。この記事は他の武芸を太極拳と一緒に習うときの心掛けについて議論しました。
12月 7th, 2009
六日の教室
No Comments, 道場誌, by SifuMao.閲覧数:593今日(12月6日)は「按」を説明しました。次回は「採」を説明します。 次回は二回目で郡山教室最後の動作を説明します。 冬はきます。春も遠からずというところでしょうか。 生徒の間に私が福島を去った後の集まりを議論し始めました。
12月 5th, 2009
「呉式太極拳 短十三式」をご覧いただいている方へ
No Comments, 道場誌, by SifuMao.閲覧数:1092修繕したバージョンをYoutubeにアップロードしましたから、古いバージョンを削除させていただきます。 私のYoutubeスペース若しくは当サイトの「アルバム」をご覧下さい。
12月 5th, 2009
達人の最新推手録画 馬江豹先生と費国清先生
No Comments, 太極拳の話, by SifuMao.閲覧数:1108馬江豹先生の推手: 費国清先生の推手:
12月 2nd, 2009
ドラAもんの手
No Comments, 太極拳の話, 道場誌, by SifuMao.閲覧数:910教室の中に、生徒たちが私の手を「ドラAもんの手」だという冗談を言ってます。 実に言いますと、この前まで、「ドラAもんの手」の形が分かっていますが、この言い方と私の太極拳の関係を上手く理解していませんでした。今日は突然分かってきた気がします。話してみます。 「ドラAもんの手」なら大体以下の形でしょう。 指はないので、物を握れません。でもドラAもんは何時も物を持てますよね。お箸を使うような複雑の動きも上手くできます。理由を考えれば、思い通りに粘着力が生じるんでしょう。ここがポイントです。太極拳の「粘」と対応します。軽く接触するだけで、握らないが、相手に粘り、相手をコントロールします。 ドラAもんはもしかしたら、太極拳の天才かも。(笑)