太極拳無極会本部 無極道場 東京

内面をお求めの方はぜひ当会でご受講ください。武術や太極拳に興味をお持ちの方はぜひ無料体験を一度ご利用下さい。

Archive for 12月, 2009

12月 27th, 2009

今年の教室は終了しました。サークルや支部の考え

No Comments, 道場誌, by SifuMao.

閲覧数:802皆様 又一年間のご愛顧、ありがとうございました。 面と向かって出会った方、ネットを通して連絡を取っていた方、当サイトを見ていた方、ありがとうございました。 太極拳を教えることは楽しいです。教室の皆様の充実した顔を見るのも楽しいです。 今年の教室は終了させていただきました。来年は二月の末まで続く予定となります。あと僅かな時間になるかも知れませんが、少しでも上達になることをお祈りしております。 来年初頭の予定は「教室案内」をご覧下さい。 私は地元に居るか居まいかに拘わらず、来年の三月からしばらくの間、教えないつもりです。私が居ないだけで、折角の太極拳を手放しにすれば、とても残念なことになってしまいます。できれば自主のサークルとして続けてほしいと思います。誰かが指導者を担当しているんでは無くても、練習の体得を話合い、各自の考えをぶつけあい、思いついたことをお互いの身で検証し合い、そうなれば、自主に精進していくんでしょう。サークル内の議論で結論を出せない場合はサークルの間で議論するか、他人に聞いてみるか、勿論私に聞いてみることもできます。 一定の集まりになれば、支部を作ってほしいです。サークルは原則として自主活動なので、できるだけ自主の範囲で活動していただきます。支部になれば、本部の会員団体になっていただきます。(現在は私が本部を代表する考えです。)その場合は本部が詳しい助言や指導をすることになります。支部はある程度で免許皆伝の意味を持ちますので、本部の認定を受けた指導者が居なくては免許皆伝ができません。一定の条件を満たす支部は試験を任されることもあるんでしょう。(これからは級と段を作ることにしました。) 色々な問題にぶつかると思いますが、解決しつづけていけば、来年も充実な一年になりそうです。 最後に、皆様は良い一年をお迎え下さい。 来年も宜しくお願い申し上げます。

12月 26th, 2009

「太極拳」だっても違うよ

2 Comments, 道場誌, by SifuMao.

閲覧数:3175太極拳を習得したい方へ 太極拳は色んな種類があります。現在、大きい流派は楊、呉、武、孫、陳の五つがあると公認されています。「太極拳」は名前です。独占使用のように登録されていませんから、何時、誰が「◯◯太極拳」を作っても法的では文句を言われません。この記事は公にされている見方を以って二種の「太極拳」について述べてみます。この二種は陳式とその他です。両方習得できた方も居たんですが、極稀な話です。太極拳を習得したい方はどちらかに集中した方をお薦めします。続いては一般論でその中の区別を話してみます。 陳家が太極拳を創始した話は主に唐豪と顧留馨に指示されました。この一派は文系の出身で、文字での検証に長けていたと言われます。顧留馨は「炮捶」という本に証拠を8本羅列しましたが、第三者の目から見れば本当に多少意味を持つのは3本に過ぎないと言われます。この3本は以下の物です。 1. 「陳氏拳械譜」に陳王廷は剣十三勢五路と百八式長拳一路と炮捶一路を創造したとの記録があります。(「陈王廷创十三势五路、一百零八式长拳一路、炮捶一路。」) 2.「陳氏家譜」に陳王廷は陳氏拳の手と刀と槍の創始者だとの記録があります。(陈王廷是“陈氏拳手刀枪创始人也”) 3.陳王廷は「拳経総歌」を残しています。最初の言葉は「縦放屈伸人没知、諸靠纏繞無皆依」です。 これらの三本を見てみましょう。一本目は陳王廷が一種の武術を創始したことを記しています。しかし、あれは太極拳であるという繋がりはありません。二本目は陳王廷が陳家武術の創始者であることを記しています。同様に太極拳への繋がりはありません。三本目は陳王廷の武術は纏繞を重要視していたことを記しています。 この纏糸勁は陳家以外はありません。纏糸勁は陳家以外の太極拳にない物で、陳家の特色とも呼ばれます。しかし、纏糸勁そんなに難しい物なのでしょうか。難しくて、宝なのに他流太極拳の歴代達人たちが自分の武術に採り入れられなかったんでしょうか。この見方は支持されないと思います。事実、各流派の太極拳は、陳家の物を除き、炮捶や似たような物はありません。楊家の最初の二代が炮捶を練習したといわれますが、その後は炮捶の伝承は無くなりました。陽家は当時の都に安定した生活を持っていたので仕方なく伝承できなかったという線は考えられないと思います。そうなりますと、楊家は自ら炮捶の伝承を放棄したとしか考えられません。 楊露禅が上京し、太極拳を北平(当時の北京)で広めてから陳発科が上京しました。当時に一首の詩がありました。 都门太极旧尊杨, 迟缓柔和擅胜场, 不意陈君标异帜, 缠丝劲势特刚强 意味は以下のようです。 都の町に太極拳の方は楊を崇めた、 ゆっくり、軟らかくて、試合に何時も勝っていた、 意外に陳君が異色の旗を立て、 纏糸勁の勢いがとても強い。 この詩から、武術のスタイルでは楊露禅のほうと陳発科のほうが全然違うということが明らかです。単なる纏糸勁の方を見てみれば、楊式と呉式は抽糸勁を重視しますが、纏糸勁を提唱しません。より合理な一つの解釈は、楊露禅が陳家溝に居たときは既に太極拳と炮捶とは関係していないことをはっきり知っていました。楊露禅は陳家溝で他の多くの套路をも学びましたが、全部太極拳と無関係でした。楊家二代の月日を経て炮捶の伝承を続けないことにしました。…

12月 13th, 2009

力を抜くって信じていますか。

3 Comments, 太極拳の話, by SifuMao.

閲覧数:1768今日、教室後でうちの生徒さんと太極拳について会話をしていました。会話は二段がありました。 第一段は太極拳がなぜ力を抜くことに巡っていました。太極拳は何時も「陰」と「陽」で自身を含めた環境を二分します。上と下、左と右、前と後、内と外などはみんな「陰」と「陽」の表現です。太極拳は他の多くの武道との重要な区別は太極拳が純化された半分しか使わないことです。それと照らし合わせて、多くの武道は使える物があればできるだけ加勢に使うことになります。例として、左手で力を出しているときは、右手も力を出せるなら出します。最も普通の考え方でしょうが、太極拳ではこれを「双重」と言い、病です。太極拳は両方を同時に使いません。つまり、太極拳は何時も半分をしか使わないのです。残った半分は消さなければいれません。物理的は消せないので、極端の緩みを以って、消されたときの近似効果を求めます。 第二段は緩みを信じることに纏わる話でした。今の郡山教室に皆が緩まなくではいけないと知っていることは話の相手方に少しの驚きを与えたそうです。皆は練習がうまくいかないときは力を抜くことを試みます。力を入れても強引にやってみることは決して当てにしません。これは難しいですと。話の相手方は私に付いて太極拳を習い初めてから約一年の間に力を抜けば必ずどこかで入れると思っていました。私が肝心なコツを教えていないとも思ったそうです。しかし、今ならもう多少分かります。何よりも力を抜くんだと。

12月 13th, 2009

今日の教室

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閲覧数:549今日は郡山教室で「採」を説明しました。二回目の教えを終えました。 来週からは「型」の三回目めの教えを始めます。今度の教えは二月の末まで続く予定です。その後は郡山教室が終わる予定です。 来週は「挒」を説明します。

12月 12th, 2009

歩きだけでも結構使えますか。

1 Comment, 太極拳の話, by SifuMao.

閲覧数:1750この前、歩きだけでもできたら結構使えるんじゃないですかって聞かれました。(この「歩き」は「搂膝拗歩」のことを指します。) 正直に言いますと、答え難い質問でした。要するに、その結構というのはどの程度の物でしょうか。うちは教室の最初の時間を歩きに使うことにしています。歩きは基本中の基本とも言えます。基本ができましたら、いろいろできるようになるんでしょう。站椿というやり方もありますが、歩きのほうは硬めやすくないので、この面では站椿よりやり易いです。根本から考えれば、太極拳は「陰」と「陽」の武術です。歩きはこれを超えてなくても、欠けてません。歩きをしっかり「陰」と「陽」の練習で進めれば大きな習得になるんでしょう。問題もあります。何時も一つの動きに専念してしまえば、動きの法則を一つに禁固し易いです。単一のパターンしか分からないようになってしまえば、太極拳の無限変化の理りに反します。中心となるポイントは何時も力を抜けるか、何時も中定を守れるかではないでしょうか。 「搂膝拗歩」をしっかり練習できたら、何ができるというのは難しいですね。「搂膝拗歩」はいくつかの典型的な応用法があります。これらを陰陽に基づいて熟練すれば、相手の攻撃に対する攻防にかなり使えるんではないでしょうか。楊露禅も搬攬捶で全てを片付けると言われます。搂膝拗歩についても同様ではないでしょうかね。一つもポイントはなぜ「陰陽に基づいて」でしょうか。それは無限に変化するためです。太極拳は動きがいくら複雑であっても「陰」と「陽」にしかありません。いくら変化しても「陰」と「陽」から離れません。「陰」と「陽」は太極拳の哲理の始点であり、総括であります。 ですから、「陰」と「陽」の動きを以って「歩き」だけを練習していってもかなりの収穫が得られるんでしょう。 站椿

12月 10th, 2009

ミツカッチャッタ動画コレクション

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閲覧数:1395ネットで見つけた良い動画をこのページに集めました。 達人の最新推手録画 馬江豹先生と費国清先生 吉良辰の弟子の呉蔭穠さんの楊式太極拳 本当の古伝楊式太極拳らしい 馬海龍の太極拳推手動画 韓和平先生の「陰陽相済」の解釈動画

12月 8th, 2009

他の武芸を太極拳と一緒に学習する場合

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閲覧数:872武道や武術を仮りに「武芸」を称しましょう。 武芸の種類は千差万別です。太極拳だけでも多数の種類と流派があります。指導者個人の理解によっては色んなやり方が存在しています。完全な脱力で遣る先生が居れば、体勢を低くして上に激突する先生も居ます。体を後ろに傾けて悪いと思う先生が居れば、傾けて当然だと思う先生も居ます。意識の導きで相手を誘導する先生が居れば、力で相手を運ぶ先生も居ます。見えない円を描いている先生が居れば、明らかに円を描く先生も居ます。筋力を練習しない先生も居れば、筋力をばりばり練習している先生も居ます。膝は爪先より出て悪いと思う先生も居れば、膝は爪先よりよく出ている先生も居ます。などなどです、まだまだ続けますよ。 因みに私は「居れば」の左側のほうです。 そこで、あなたが練習者として何が欲しいかは本当の問題になります。よく聞こえる答えは「強くなりたい」でしょう。アニメや映画の中からもこのような答えはよく聞こえます。「強くなりたい」は格好いい答えですが、かなり意味不明な答えです。武芸で習得できる強さは色んな種類があります。強引な力で相手を圧倒する強さか、すばやい動きで相手と遊撃して勝つ強さか、巧妙な動きで相手を振り回す強さか、などなど、どれでしょうか。各種の強さの間に矛盾している物はありますよ。最も明らかな例は若しくは速度と力の反比例関係でしょう。力を大きくすれば、筋肉が増えます。筋肉が増えれば、重量も増えます。重量が増えれば、速度が落ちます。選択しなくては。 一種の考えは、多くの武芸を学べば上達します。こういう考えを持つ方は少なくないと思います。一定の範囲では、これは正しいです。でもこの範囲が大きすぎたら、どうなるんでしょうか。必ず、矛盾している物が出るんでしょう。残念ながら、太極拳がその矛盾を起こす場合は結構あります。この太極拳は上の「居れば」の左側に限ります。空手や柔道を遣りながら、太極拳を遣っている方も見えます。空手や柔道で学んだ力は体に浸み渡り、太極拳を遣るときも無意識で使ってしまいます。習慣になっているんなので、言うだけでは簡単に治れません。 もしまだ納得できなければ、一つの例を考えてみましょう。コーヒーと牛乳を混ぜれば美味しい飲物になります。更に砂糖を入れれば、もっと美味しいですね。お酒も美味しいでしょうが、お酒も入れましょう。ジュースも美味しいですから、ジュースもいれましょう。おつゆも美味しいですから、おつゆも入れましょう。などなども入れましょう。それでできた液体を飲みたい人が居るんでしょうか。武芸も同じです。性質の相容れない武芸を身につけても、互いの助けになるとは思えません。 太極拳を習得したければ、少なくても太極拳を主にしたほうをお薦めします。なぜなら、主にされた物は主導的な地位を占めます。その他の物は補助でしか成りません。もし太極拳を主にしていなければ、太極拳は補助的な知識になり、体の中に諦めたくない物は太極拳に十分なスペースを残しません。強い筋力を基本にする武芸を内面とした場合は更に太極拳の原則に完全に反します。そうなれば、太極拳を習得できないのも筋が通ります。もし逆にすればどうなるんでしょうか。太極拳を主にし、他の武芸の内面にすれば、どうでしょうか。それは、力抜きで他の武芸を発揮することになります。例えば、力抜きでも空手にパワーを出し、力抜きでも柔道で相手を投げます。それは精進と考えてもよろしいことでしょう。勿論、練習と探索が必要です。最初は逆に弱くなるとの見通しでしょう。探索中の負けを恥と思わず、正解を求めるために探りつづける人が、何時か太極拳を真理を手にするんでしょう。 太極拳という簡単な、同時に奥深い、中国の伝統武術を習得するために、まだまだ説明しなくてはならないポイントが多々ありますが。この記事は他の武芸を太極拳と一緒に習うときの心掛けについて議論しました。

12月 7th, 2009

六日の教室

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閲覧数:593今日(12月6日)は「按」を説明しました。次回は「採」を説明します。 次回は二回目で郡山教室最後の動作を説明します。 冬はきます。春も遠からずというところでしょうか。 生徒の間に私が福島を去った後の集まりを議論し始めました。

12月 2nd, 2009

ドラAもんの手

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閲覧数:910教室の中に、生徒たちが私の手を「ドラAもんの手」だという冗談を言ってます。 実に言いますと、この前まで、「ドラAもんの手」の形が分かっていますが、この言い方と私の太極拳の関係を上手く理解していませんでした。今日は突然分かってきた気がします。話してみます。 「ドラAもんの手」なら大体以下の形でしょう。 指はないので、物を握れません。でもドラAもんは何時も物を持てますよね。お箸を使うような複雑の動きも上手くできます。理由を考えれば、思い通りに粘着力が生じるんでしょう。ここがポイントです。太極拳の「粘」と対応します。軽く接触するだけで、握らないが、相手に粘り、相手をコントロールします。 ドラAもんはもしかしたら、太極拳の天才かも。(笑)


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中国拳法とも日本ではよく呼ばれるが、中国での名称である武術という言葉が示すのは徒手技術である拳法のみではなく、火器を除く武器術も含まれる。武器は中国においては器械、または兵器と呼ばれ、刀や剣に代表される短器械、槍や棍に代表される長器械などがある。中国の武術の門派の数は400とも600とも言われるが、徒手拳術と器械を備えている門派が多い。 現在、「武術」(ウーシュー、日本名「武術太極拳」)の競技名で点数制の套路競技(表演競技)や散手(散打)競技(徒手の組手競技)が中国国内だけでなく国際的に行われている。(この国際競技スポーツとしての「武術(武術太極拳)」は、節「伝統拳と制定拳」や武術太極拳を参照) 現在中国での武術の目的は「看」、「健身」、「実用」、すなわち見て美しい演武を行うこと、体を鍛えて健康になること、そして相手を殺傷できる力をつけることの3つであると考えられている。「看」の側面を強調したものは表演武術武術太極拳である。「健身」の側面を代表するものは太極拳である。太極拳の愛好者は世界中に大勢いるが多くの人が武術としてよりも健康法として行われている。「実用」の側面には二つの大きな流れがあり一方は競技化された散打と呼ばれる対戦スポーツ形式の競技であり、一方は民間もしくは様々な武館等に伝承される伝統流派の存在である。こちらは今尚古来より伝わる本来の武としての練功(練習)方法を伝えている。日本の例で例えるなら前者はk-1に見られる競技化の一形態であり後者は伝統保存を目的とした古武術と見る事が出来る。「健身」に関しても古来においては自身を強靭な武器と化す為の命懸けの危険な練功(練習)法も存在した。 目次 [非表示] * 1 歴史 o 1.1 中国武術の一般名 * 2 分類 o 2.1 外家拳と内家拳 o 2.2 少林派と武当派と峨眉派 o 2.3 北派と南派 o 2.4 伝統拳と制定拳 * 3 門派 o 3.1 北派(外家拳) o 3.2 北派(内家拳) o 3.3 南派武術 + 3.3.1 広東南派系 + 3.3.2 福建南派系 * 4 武器 o 4.1 短器械 o 4.2 長器械 * 5 関連項目 * 6 外部リンク 歴史 [編集] 少林寺千佛堂の壁画 中国武術の起源は、漢王朝(前漢・後漢。紀元前206年 - 220年)の時代に黄河沿いに住んだ人々の自衛も含めた戦(いくさ)の為の教練から始まったといわれている。その後、間もなく娯楽の要素としてや健康法としても見直されるになった。現在、中国武術の門派は多種多様な民族に比例し数え切れない程存在する。そのそれぞれが自らの門派の起源に関する逸話を持っているが、自らの門派が優れたものであることを示すために伝説上の有名人や英雄に創始者を仮託しているものも多く見られる。最も有名な少林拳、太極拳について開祖伝説を記しておく。 右の壁画は、松田隆智の著書『少林拳術羅漢拳』によると、「中国で発行されている『世界体育』に、壁画は元南京軍区副司令員の銭釣将軍が1917年から1921年にかけて描いたものであるという。」 少林拳の開祖伝説 河南省嵩山にある禅宗の寺院である少林寺は武術の修行場所としても有名であるが、少林寺の武術の起源として、インドから来た菩提達磨が始祖であるという。菩提達磨が少林寺に来て禅宗の教えを授ける際に、少林寺の僧侶たちが体力が無くて精神を鍛えることが出来ないことを嘆き、体力を鍛える秘法、易筋行、洗髄行を授けた。その後洗髄行は失伝したが、易筋行を元にして少林寺で十八羅漢手という武術が発達し、これを元にして少林拳が出来たという。実際には菩提達磨が少林寺で坐禅をしたという伝説があるのみで、武術を授けたというのは後世に作られた逸話といわれている。 太極拳の開祖伝説 少林寺で修行した張三豊は、その後に武当山にこもって修行し、道教の吐納法(呼吸法)や導引術(心身鍛錬法)などを合わせた内家拳を編み出した、とされる。ただし、この逸話は、少林寺の武術よりも柔軟な体術を使い、より洗練された武術であるとの主張をしたいがために、伝説的な仙人であった張三豊を始祖とし、元少林寺で学んで更に工夫したという話を繰り入れただけの作り話であると考えられている。歴史的にはっきりしている太極拳の源流は、河南省の陳家溝という村にあり、ここでは代々、陳氏の一族に伝えられている武術があった。古い武術、おそらくは同じ河南省にある少林寺系統の武術が狭く一族だけに伝えられる内に独自の発達をしたものであると言われている[誰?]。また、陳氏の武術には戚継光が著した『紀効新書』の「拳経」三十二勢から技法が採用されている。 義和団の乱 中国武術の一般名 [編集] * 1911年に馬良が「新武術」という名称を著作『中華新武術』で提唱。 * 1927年に中華民国の張之江が「國術」という統一一般名称を提案採用される。 * 1928年に張之江は中央國術館を設立。 * 1952年中華人民共和国の国家体育運動委員会の運動種目の名称を「武術」とした。 o 中華民国では「國術」のまま存続した。 * 1980年ごろ新武術というあらたな種目も提案される。 分類 [編集] 中国の武術は有名なものだけでも400種類以上と言われ[誰?]、その全てを網羅することは不可能であり、また分類整理も完全とは言えない。中国の武術をいくつかに分類する方法があるが、いずれも異論がある。 外家拳と内家拳 [編集] 少林拳のように筋骨、体力を鍛え、体を外面から強くして剛力を用いる武術を外家拳と呼び、太極拳のように呼吸や内面を鍛えて柔軟な力を用いる武術を内家拳と呼ぶ。しかし、実際には少林拳も初期の練習でこそ筋骨を鍛えるが、練度が進むと内面を鍛え、逆に、太極拳にも剛の力が多く含まれている。武術を深く理解しない者が表面的な技法のみを見て行った分類だと考えられることから、現在では重視されることはほとんどない。 少林拳は仏教の寺院で学ぶ武術であるので出家した者、即ち家の外にいる者が修める武術であるので外家拳、太極拳は出家しない道教の信者、即ち家の内にいる者が学ぶので内家拳である、とする説もあるがあまり一般的ではない。別の説として、黄百家の「内家拳法」がある。しかし、一般的に言われる内家拳との関係は不明であり、また太極拳との関係も不明である。 ちなみに日本では内家拳の普及度が高く、海外では外家拳の普及度が高い。 これは中国系移民が広東省福建省といった外家拳が盛んな地域出身者が多い為と言われている。 少林派と武当派と峨眉派 [編集] 多くの武術が少林寺の武術を起源とする伝説を持つことから、少林拳を含めて数多くの武術を少林派と呼び、太極拳の創始者とされた張三豊が修行した場所が武当山であることから太極拳を武当派武術と呼ぶ。しかし達磨大師の伝説も張三豊の伝説も信憑性が薄いことから、この分類自体ほとんど価値がない。太極拳の門派の者が少林拳門派に対抗意識が強いために、2つの門派が対等で対立しているという発想から無理に考えられた呼称であるように思われる。別の説として、1928 年に南京中央国術館が開設され、当初は学科として、少林門と武当門が設けられた。武当門の中に武当拳、太極拳、形意拳、八卦掌などが含まれていた。後に学科の分類は改められた。 北派と南派 [編集] 狭義では、北派少林拳と南派少林拳のことを指す。河南省嵩山少林寺とは別に、中国南部の広東省か福建省に南少林寺があり、嵩山少林寺を起源とする武術が北派少林拳、あるいは単に少林拳と呼び、南少林寺を起源とする武術を南派少林拳と呼ぶ。清代の反清復明運動(満州民族の王朝である清を倒して、失われた漢民族王朝である明を復興させようと言う秘密結社的活動)においてその拠点が南少林寺であり、その活動の中で発達した武術が南派少林拳であるという伝説がある。南少林寺はあくまで伝説上の存在とする説が有力であり(唐豪(『少林拳術秘訣考証』)、近年まで南少林寺の存在自体が架空のものであるとされていたが、南少林寺に関するものと思われる嵩山少林寺で発見された古文書や福建省に南少林寺のものと思われる遺跡が発見されたとして、現代では実際に存在したのではないのかとする説も現れている。南少林寺の真実の解明については今後の研究が待たれる。なお現在、福建省泉州市に存在する「南少林寺」は新たに建立された寺院である。 北派と南派という名称は広くは中国北部と南部で行われている武術を指す(南北の境界は長江)。南拳北腿と言われ、南派は拳、即ち手や腕を多く用い、北派は腿、即ち蹴りを多用すると言われている。北部は平原が多いために移動や跳躍や蹴りの多い武術が発達し、南部は川を船で移動することが多く狭い場所・揺れる場所でも練習できる武術が発達したという説があるが真偽は定かではない。確かに中国南部における武術には主に上半身を用いる武術が多く見られ、北部では少林拳、査拳など蹴りが多彩な武術が多いことは事実であるが、南部でも莫家拳の様に蹴りを得意とする武術があり、北部にも形意拳、八極拳、翻子拳と言った蹴りの少ない武術があるので、必ずしも正確とは言えない。長江以南では、広東省や福建省を中心として北部の武術とは異なり上半身を多く使い、下半身は安定させて移動は少なく力強い拳を打つといった南部特有の共通した風格を持つ武術が多く見られるために、現代でもこれらの武術は総称して南派と呼ばれる。ちなみに南拳という流派は存在しない。長江以北の武術は太極拳も少林拳も含まれる。 実際に練習をしてみれば分かるが、蹴り技は運動量が激しく真夏の炎天下に練習を行えば体力の消耗が激しい。また拳技は冬場は手がかじかみ自身の拳を傷つけやすい。 こういった気候的風土の違いから温暖な南部では拳技が発達し、寒冷な北部では蹴り技が発達したとも考えられる。 伝統拳と制定拳 [編集] 武術太極拳(表演競技)に詳しく説明されています。 門派 [編集] 制定拳の長拳、太極拳、南拳は、それぞれ、北派の外家拳、内家拳、および南派拳術を競技スポーツ用に編集したものであると考えられる。これ以外の伝統武術を見てみると下のように分類することが出来る。 * 北派(外家拳) o 少林拳、査拳、翻子拳、八極拳、蟷螂拳(螳螂拳)鷹爪拳(鷹爪翻子拳) * 北派(内家拳) o 太極拳、八卦掌、形意拳 * 南派武術 o 洪家拳、詠春拳、蔡莫拳、白鶴拳、蔡李佛拳 分類の正当性については異論があるがここでは便宜上、上記分類に従った順番で各武術を紹介する。別の説の例として、伝統武術の四大流派は、華拳、峨媚拳、武当拳、少林拳とする。多くの門派はこれらから分かれた。 北派(外家拳) [編集] 少林拳、査拳、翻子拳、八極拳、蟷螂拳、鷹爪拳、鷹爪翻子拳などがある。 少林拳(しょうりんけん) 少林拳は中国河南省嵩山に伝わる武術、もしくはその流れを汲む武術一般を含んでいる。その歴史は古く、各派の武術に大きな影響を与えたことから「天下の武術少林より出ず」と謳われている。 上海精武体育会では、潭腿を初級で学び、少林五戦拳(大戦、脱戦、短戦、十字戦、合戦)を正科とし、さらに羅漢拳を学んだ。 少林拳は日本ではしばしば「少林寺拳法」と呼ばれる。しかし、現在広く知られている少林寺拳法は中国の拳術を学んだ日本人宗道臣が日本で新たに創始した武術であり、柔術など日本武術の特徴を多く有しつつ独自の技術を持つ武道であることから、中国少林寺に伝承される武術とは異なる。 査拳(さけん) 査拳は中国山東省冠県がその発祥地と言われている[誰?](諸説あり)。古くからイスラム教徒(回族)の間で伝承されており、代表的な長拳類の一拳種である。動作は大きく、腿法を多用し、跳躍を含み、また一路査拳から十路査拳、いくつかのこれらを補う多くの拳術套路、器械套路を有している。現在ではいくつかの派に分かれ内外に広く伝承されている。 翻子拳(ほんしけん) 翻子拳は「双拳の密なること雨の如し、脆快なること一掛鞭の如し」と謳われるように両の拳を雨あられの様に連続して繰り出し、あたかも爆竹が炸裂する様な風格で非常にスピード感あふれる武術である。翻子拳は手技主体であるため、近年、足技主体の戳脚(てききゃく)と合わせて練習されることも多い。「戳脚翻子拳」として合体していることがある。 八極拳(はっきょくけん) 八極拳は中国河北省がその発祥地といわれ、古くからイスラム教徒(回族)の間で伝承されてきた。後に漢族に伝わり、それぞれ独自の発展を遂げている。その特徴は「崩」「撼」「突」「撃」に代表される重厚な風格を有しており、動作は比較的簡単に構成されている。八極拳は接近戦を得意としているため、ロングレンジでの攻防を得意とする劈掛拳と兼習されることも多い。孟村系、南京中央国術館系、西北系、東北系、武壇系など多くの派を生みだした。 蟷螂拳(とうろうけん) 蟷螂拳(螳螂拳)は王朗が獲物を捕るカマキリの動作に着想を得て創始したと伝えられる武術である。清朝の頃より中国山東省で伝えられ、現在では七星、梅花、太極、六合、八歩など多くの派に分かれ中国各地に分布している。武術としては「補漏」(すきあらば打つ、の意)を基本とする。手法が複雑で連関性に富み、「上下連貫」と呼ばれる手法と腿法のコンビネーションが巧みで、スピード感あふれる独特の風格を有している。伝承される套路や技法が非常に多いため「螳螂三百六十手」と称され、どんな技でも螳螂拳を探せば似たものが見つかると言われる[誰?]。 北派(内家拳) [編集] 太極拳、八卦掌、形意拳、六合八法拳などがある。 太極拳(たいきょくけん) 太極拳は、河南省陳家溝の陳一族に伝わる武術を元に広まり、現在では多くの門派がある。最も有名な五つの門派を五大太極拳ということがあり、それぞれ創始者の名を取って陳式、楊式、呉式、武式、孫式と呼ばれる。楊式は愛好者が最も多く、緩やかな動作を主とする。陳式は激しい動きを多く含み、少林拳に通じる技法も多い。他の太極門派に伝承されていない技法が数多く存在しているため、陳式を太極拳の源流とする説があるが、反論もある。いずれの門派も、静かな呼吸と緩やかな動きの架式(形)による修練方法が最大の特徴で、その動きが健康増進に効果が高いとされ、現在では武術としてよりも健康法として世界に広まっているが、有段者レベルだと推手と呼ばれる実戦的組み手練習も行われる。健康法として広く行われている簡化二十四式太極拳は、楊式太極拳に呉式のよりシンプルな動きを取り入れた制定拳と呼ばれる太極拳で、二十四の複合技(式)からなっている。 八卦掌(はっけしょう) 八卦掌は、その名の如く殆ど拳を使わずに開いた掌(てのひら)を用いることと、また相手を中心とした円周に沿って滑らかな動作で移動する、走圏と呼ばれる歩法に特徴がある。非常に難度の高い武術であるとされる。代表的な套路には、老八掌、八大掌、連環掌、龍形掌、六十四掌などがある。 形意拳(けいいけん) 形意拳は太極拳や八卦掌と同じく、北派、内家拳に分類される。陰陽五行説を技法として表現する五行拳(金行劈拳、水行鑚拳、木行崩拳、火行炮拳、土行横拳)と呼ばれる五種の基本拳と、その応用で十二形拳(龍形拳、虎形拳、猴形拳、馬形拳、黽形拳、鶏形拳、鷂形拳、燕形拳、蛇形拳、鳥台形拳、鷹形拳、熊形拳)と呼ばれる、十二種の動物の意を表した象形拳を基本としている。代表的な套路には、五行連環拳・雑式捶・四把捶・八字功などがあり、対練には五花砲対練・五行砲対練・安身砲対練(十二形大用対拳)などがある。また、三体式(三才式、三体勢、開勢)という姿勢を基本架式として用いること、歩法には主に跟歩を用いることが特徴的である。かつては河南省に伝わる近親門派である心意六合拳も河南派形意拳と称されたが、現代では混同を避ける為、山西省、河北省伝来のもののみを形意拳と分類している。 六合八法拳(ろくごうはっぽうけん) 六合八法拳は、内家三拳、太極拳、形意拳、八卦掌に続く四番目の内家拳として知られ、「この世で最後の秘伝的拳法」とも言われている。実践的とも知られているこの拳法は、数え切れない程の技と、計り知れない程の戦闘能力を兼ね備えた百科事典的な拳法である。時として、この拳法は、前述の内家三拳をただ単に組み合わせ、融合しただけの拳法と誤解されることも多いが、決してそうではない、例えば、内家拳が太極拳だけではないという事実と同様に、内家三拳が持つ内功は、実は六合八法拳から多大な影響を間接的に受けたと言う説もある。六合八法拳は、他の内家拳と同じ本質、理論を積み重ね、発展し、さらに創意工夫され、現在に至る。この拳法の法則「心意六合八法」は読んで字の如く、六合と八法から成り立っており、その修練の複雑さゆえ、一人の人間がその極意を身に付けるには壮絶なる時間を要する。 南派武術 [編集] 長江以南で広く行われる武術の総称であるが、活発な地域として福建省、広東省があり、それぞれに特徴がある。福建南派の詠春、白眉は短橋狭馬といわれる。橋は腕の使い方を示し、馬は歩形を表す。即ち狭い歩幅で立ち、腕を短く使うことが特徴である。南拳の元になったと言われる洪家拳は長橋大馬と言われ、歩幅を広く取り腕を長く使う。 広東南派系 [編集] 洪家拳、蔡李佛拳などが含まれる。 洪家拳(こうかけん) 洪家拳は、南派の代表的門派であり、制定拳の南拳もこの門派を原型としているために広く知られる南拳のイメージは洪家拳のイメージに近い。歩幅を広く取り強く拳を振るう広東南派の一派であるが、多くの門派から技術を取り入れて長短の技術が完備している。この門派の武術家、黄飛鴻は清代に実在した武術家であるが、彼をモデルとした映画が何本も撮影されており、特に、ジェット・リー主演で映画化された「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」のシリーズが有名。 蔡李佛拳(さいりふっけん) 蔡李佛拳の発祥は今から約170年前で、比較的新しい拳術。蔡李佛百套といわれ、これは徒手や武器、対打などの型が実際に100種あるという意味ではなく、非常に多いという意味である。実際には100種を優に超える。徒手の型は”四十九套”と云われているが、その全てを教えているところはたぶん無く、系統にもよるが約10~20種ほどである。 福建南派系 [編集] 詠春拳、白鶴拳などが含まれる。 詠春拳(えいしゅんけん) 詠春拳は、短橋狭馬の代表格で、狭いスタンスで立ち、スピーディーな手技を用いる。ブルース・リーが学んだ一派として有名である。詠春拳はブルース・リーが初めて学んだ武術として紹介されることが多いが、正確にはブルース・リーが初めて学んだ武術は父から学んだ太極拳である。いくつかの派にわかれて伝えられている。代表的な拳套(型)として小念頭、尋橋、標指があり、木人樁(もくじんとう、木の人形)を使用した訓練でも有名である。 白鶴拳(はっかくけん) 白鶴拳は、詠春拳と同根を為す短橋狭馬の一派で、鶴の動きを取り入れたと言われる[誰?]。狭いスタンス、短く早く使う手法は詠春拳に共通するが、鶴の翼の動きから取り入れられた五形手(木形手、火形手、土形手、金形手、水形手)に特徴がある。現在では4つの門派に別れており、鶴のそれぞれの動作を主としていることから白鶴門鳴鶴拳、白鶴門宿鶴拳、白鶴門食鶴拳、白鶴門飛鶴拳と呼ばれる。 非常に実用的であると評価されており五祖拳や意拳に動作が取り入れられるなど大きな影響を与えている。また、空手にも関係が深い。 武器 [編集] 中国武術の多くの流派では多くの武器を用いる。中国武術においては武器は器械、または兵器と呼ばれるが、ここでは武器という呼称を用いる。使用される武器は門派によって異なるが全く武器を用いないという門派はない。そもそも武術の発達は戦時に武器を取って戦うことに始まることを考慮すると、武術の本質は武器術であり、徒手武術は武器を扱う前に学ぶべき身体の訓練であると考える人もいる。伝統的な門派においては必ず徒手格闘術と武器操法は同一の術理によって構成されている点も見逃せない。詠春拳は八斬刀や六点半棍という武器術は徒手と同様の術を見てとる事が出来るし八極拳は槍術が基本にある。近代において武器術との相関性見てとれない流派が数派存在するが、それら流派は銃器が台頭し始めた近代において登場した。また西欧より流入したボクシング等に対応すべく編み出された格闘試合を想定した流派(新派とも呼称)と見る事も出来る。 武器操法は、武器の形状によって変化し、それに伴って基盤となる身法も若干変化する。よって、多くの武器操法を身に付けられることは、身に付けた武器操法と同じ数の身法を身に付けることとなる。ただし、武器操法は一つの武器に対して、多数存在する。また、武器操法を一つの身法で一貫しようとする門派も多い。 武器には非常に多くの種類があるが、剣、刀、槍、棍が 4大兵器と呼ばれる。剣や刀のように片手でもって扱う、比較的短い武器を短兵・短器械、槍や棍のように両手で扱う長い武器を長兵・長器械等と呼ぶ。これらの分類以外に、鞭のように紐状のものを指す軟器械、手の中に隠す匕首などを指す暗器械、両手にそれぞれ器械を持つ双器械などがある。 短器械 [編集] 剣 中国では剣は両刃で反りのないものを指す。近年は、よくしなるように作られている「軟剣」が主流。突、切、主体で、高度な技術が必要。大型の「双手剣」(両手剣)も存在する。 刀 片刃で反りのあるものが刀である。普通に刀は剣と比べ重量が重いため、角加速度を生かし威力を高めように、円弧を描くような動作がよく見られる。また、叩きつけるように切る動作が多く、最強の攻撃力を誇る武器である。 中国人から見れば、「刀」である日本刀を使うのに剣術あるいは剣道と呼ぶのは奇妙に思われるであろう。日本語では剣から発展して日本刀となった歴史経過からその語義には混淆があり、同じ意味の言葉として用いられることがある。中国語では日本刀は片刃で反りがあるので、"刀術"、"刀道"が正しい表記ということになる。 なお、日本刀を元にした苗刀(みょうとう)の場合、日本刀術にはない「平衡」を行うなど、新たに加えられた動作があるが、基本的な動作は同じである。 長器械 [編集] 棍 棍という真ん中が端より少し太い棒である。よくしなる木の白蝋樹(アオダモと近似のトネリコ属)などで作られる。棍を使った武術である棍術が日本で言うところの棒術となる。なお琉球(沖縄)では中国と同じく棍、棍術である。戦う時に手近の棒を使うことは自然なことであるので最古の武器だと考えられる。棍術では嵩山少林寺のものが有名で棍の少林寺と称された。全ての長器械の基本となる動作を含んでいるために「棍を根と為す」という言葉がある。 ※(→槍#柄も参照) 槍 白蝋樹の棒の柄の先に刃物をつけた構造である。槍は最も洗練された戦場での武器であると考えられている。演じて美しく、実用性も高い。使いこなすには高度な技術と身法が要求される。形意拳は槍の遣い手が創始したという。 ※(→槍#東アジア由来の槍及び長柄武器 (長器械・長兵器)も参照) 関連項目 [編集] * 中国武術一覧 * Category:中国武術家 * 太極拳 * 武術太極拳 (スポーツ) * 散打 * 気功 * 中国剣 * 回族の中国武術 * 槍#東アジア由来の槍及び長柄武器 (長器械・長兵器) 外部リンク [編集] * 中国における古代武術の成立に関する研究-その1- * 中国における古代武術の成立に関する研究-その2- o 中国における古代武術の成立に関する研究-その2-PDF * 中国文化 武術 [表示] 表・話・編・歴 武道・武術 \ 現代武道 古流武術 徒手・組み手術 柔道 | 相撲 | 空手道 | 合気道 | 躰道 | 高専柔道 | 拳法 | 空道 柔術 | 忍術 | 相撲 | 手 (沖縄武術) 武器術 剣道 | 弓道 | 居合道 | なぎなた | 杖道 | 銃剣道 弓術 | 馬術 | 槍術 | 剣術 | 抜刀術 | 居合術 | 薙刀術 | 手裏剣術 | 棒術 | 半棒術 | 杖術 | 鎖鎌術 | 含針術 | 忍術 | 砲術 | 琉球古武術 伝統・儀式 栄誉礼 | 流鏑馬 | 笠懸 | 犬追物 | 騎射三物 世界 武術太極拳 | 散打 | 截拳道 | ハプキドー | テコンドー | ブラジリアン柔術 | フェンシング | ボクシング | キックボクシング | シュートボクシング | レスリング | アマチュアレスリング | グラップリング 中国武術 | ラウェイ | ムエタイ | テッキョン | カポエイラ | サバット | グリマ | サンボ | シュアイジャオ | シルム | ヤールギュレシ | クシュティ | エスクリマ | フェンシング | パンクラチオン | カラリパヤット | シラット | 闘牛 警察・軍隊等 近接格闘術 | 逮捕術 | 自衛隊格闘術 | 自衛隊逮捕術 | 矯正護身術 | 側衛術 | 綜警護身術| 護身術 | クボタン | フェアバーン・システム | クラヴ・マガ | システマ | 特攻武術 | 銃剣術 十手術 | 捕手術 | 捕縄術 | もじり術 ただ今ウィキマニア2010での企画・発表案を受け付けています。 5月20日までにご応募ください。 [隠す] [翻訳にご協力ください!] 武道 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション, 検索 武道(ぶどう)とは、伝統的な日本武術(古武道)から発展したもので、人を殺傷・制圧する技術に、その技を磨く稽古を通じて人格の完成をめざす、といった道の面が加わったものである。道の追求という点については、残心(残身、残芯)などの共通する心構え所作などから茶道や日本舞踊、芸道ともかかわりを持つ。 武道の理念は流派、武道家により様々であり、正反対の考え方さえ存在している。 目次 [非表示] * 1 由来 o 1.1 「武道」 o 1.2 学校教育 * 2 スポーツとの関係 * 3 試合・競技の導入 o 3.1 利点 o 3.2 欠点 o 3.3 試合・組手の導入 + 3.3.1 利点 + 3.3.2 欠点 o 3.4 形(型)競技・演武競技の導入 + 3.4.1 利点 + 3.4.2 欠点 * 4 嘉納治五郎が挙げた武道の特徴 * 5 主な武道(新興武道含む) * 6 段・級 * 7 称号 * 8 武道の理論 * 9 参考文献 * 10 武道と縁の深い神社 * 11 関連項目 * 12 外部リンク 由来 [編集] 「武道」 [編集] 「武道」という言葉は江戸時代には武士道のことを指したが、江戸時代後期頃から武術のことも指すようになった。 明治時代に、武術は廃れ、武術興行などを行いなんとか命脈を保つ状態となった。このような中、嘉納治五郎は柔術を独自に理論化・合理化した講道館柔道を開き乱取り稽古を盛んに行い大いに栄えた。これを参考に日清戦争直後の明治末から大正にかけて、これまでの技術が主となる内容ではなく教育的効用や精神修養を重んじる風潮となり(剣道家の高野佐三郎の歌にも「剣道は神の教えの道なれば やまと心をみがくこの技」とある)日本の伝統的な戦闘技法である武術を精神修養としての道とし、学校教育に採用した。 その背景について、福島大学教授の中村民雄や筑波大学名誉教授の渡辺一郎らの研究によると、武術興行などを行い堕落した(とみなされた)武術と区別するために、教育的に有用である真剣な修行という意味で「武道」という名称を用いたのであるという。 この時に武道と呼ばれた内容は、現代武道、伝統武術の区別はなかったが、伝統武術のみを指す場合は「古武道」・「古流」などと呼ばれる事が多い。近年は「古武術」と呼ぶ場合もある。 学校教育 [編集] 学校教育において明治期には武術は教育困難でかつ有害であるとされていたが、講道館や大日本武徳会による柔道(柔術)、剣術の統一の基本技制定や集団教育法など教授法改良により明治44年(1898年)に旧制中学校の課外授業に撃剣(剣術)と柔術が導入され、名称は武道、剣道、柔道とされ、必修の正課になった。連合国軍最高司令官総司令部により学校での教授は禁止されたが、昭和25年(1950年)に文部科学省の新制中学校の選択教材に柔道、昭和27年(1952年)に剣道が選ばれた。昭和28年(1958年)の中学学習指導要領で、相撲、剣道、柔道などの武道が格技という名称で正課授業が行われた。格技の練習場は「格技場」であるが、地方自治体の体育館などでは「挌技場」という表記も見られる。平成元年(1989年)の新学習指導要領で格技から武道に名称がもどされた。 スポーツとの関係 [編集] スポーツとの関係をどうとらえるかは、以下のように、流派、武道家により様々である。「スポーツ」を「格闘技」に置き換えても同じようなとらえ方がそれぞれ存在する。 * スポーツと武道は対立概念でありスポーツ性が増せば武道性は減る。 * スポーツと武道は対立概念ではなく、武道でありスポーツでもある事は可能。 * 武道の一部にスポーツの部分があるだけで、いくらスポーツの部分が多くなっても全体としてはあくまでも武道に過ぎない。 * ジョギング、チェスやヨガでさえ、スポーツなのだから、武道も当然、スポーツである。したがってどんな形をとろうが武道はスポーツである。 * スポーツの定義は曖昧であり、武道の定義はさらにも増して曖昧である。だからこのようなことを考えるのは意味がない。 試合・競技の導入 [編集] 試合・競技を導入している武道もあるが、本来は、武道の一面に過ぎなかった。 節「#嘉納治五郎が挙げた武道の特徴」で、嘉納治五郎がはじめて武道とした柔道で挙げられるように試合や形競技・演武競技をおこなってこそ武道という考え方もあるが、合気道は誰もが武道と認めるが、ほとんどの流派は試合・競技は行わないよう、「それがない武道は武道とは言えない」ということはない。武道の理想を達成するためには試合・競技を否定する者さえ存在する。 試合・競技のある武道であっても、修行者によって目的は異なり、試合・競技を目標とする者がいる一方で、稽古を中心とし試合・競技にこだわらない者も存在する。試合・競技に強いからといって、武道が持つ技術体系を高レベルで習得しているとは限らないことにも表れる。但し、武道というものは勝負に勝つことが必ずしも至上命題ではないということを覚えておく必要があるだろう。なぜなら武道における試合とは自らの欠点を自分の目にも他人の目にも明らかにすることが目的であるので試合本位・勝利至上主義のスポーツの試合とは性格を異にするものだからである。であるから勝利したとしてもそれは欠点をつかれなかっただけであったり、意図的に無理に防御して(剣道でいう三所避けなど)いるだけであることが多い。 利点 [編集] * 稽古の成果を確認する意味で試合・競技を見据えて稽古する方が熱が入り易い。 欠点 [編集] * 試合・競技を中心に考えて取り組む傾向が強くなり、試合・競技以外の技術がおろそかになったり、技術が本来のものから変質し易い。現代では武道として大事なのは人格の形成、精神の鍛錬であり技術的なことなどはさして重要でなく、武術的な部分は精神的修行の必要な荒くれ者どもを集めるための方便に過ぎないとの考え方もある。 試合・組手の導入 [編集] 利点 [編集] * o 乱取りの機会が増える。 o 技の形骸化の防止。 o 技の改良や誤った伝承の修正が行われ易い。 o 試合用に過ぎないが正しい体裁きの感覚が早く身につく。 o 体力が向上し易い。 欠点 [編集] * その試合規則で有用な技術が重視され、それ以外の技術は疎かになり易い。また、どんな試合規則にしても(禁止技無しでさえ)一対一で合図と共に戦いが始まることが前提となり、不意打ちや隠し武器などを想定した技術まで包括することは難しい。 * 技よりも筋力や速度重視に陥り易い。 形(型)競技・演武競技の導入 [編集] 利点 [編集] * 競技として試合・組手だけを行っていると、形(型)・演武は疎かにされ易くなるので、形(型)競技・演武競技も同時に行えばそれを防ぐことができる。 欠点 [編集] * 形(型)・演武の実用面からの評価は流派、武道家などにより様々であり客観的評価が困難で、見た目の美しさや速度を重視した採点基準になってしまい、「本来の姿」から乖離してしまう(中国武術#伝統拳と制定拳参照)。しかし、「美」は武道の三大要素「用・美・道」のひとつで大事なことだとの反論もある。 嘉納治五郎が挙げた武道の特徴 [編集] 明治初期、柔道の開祖嘉納治五郎は柔道(武道)の特徴を次のように挙げた。 * 柔道(個別武道)が根本原理であること。 * 練習・試合することで、人格の完成をめざすこと。 * 全国組織があり、日本全国で練習・試合できること。 * 少数の基本技と多数の応用技があること。 * 試合競技があること。 * 昇段制度があること。 主な武道(新興武道含む) [編集] * 柔道* 剣道* 弓道* 杖道* 合気道* 空手道* 相撲道* 居合道 * 銃剣道* なぎなた* 日本拳法* 少林寺拳法* 忍術* 空道 * 躰道* 護道* 日本泳法* 親英体道(親和体道)* 新体道* 自成道 * 御互道 * テコンドー(跆拳道) * スポーツチャンバラ* スポーツ吹き矢* 掣圏真陰流* 柔法徹化拳 * 骨法 (格闘技)* 躰全道* 相生道* 心体育道* 北道院拳法 * メビウス∞気流法* 拳正道* 長剣道* 短剣道 * 禅刀道* 南武道* 小太刀道* 太道* 刀道* 槍道 段・級 [編集] 戦前に大日本武徳会が柔道・剣道・弓道に段級位制を採用(段位制は講道館が、級位制は警視庁が先行して採用)して以降、他の武道にも採用され現在に至っている。ただしその区分けはそれぞれ歴史的経緯があり、武道によりまったく異なる。また判定によらず功績等により与えられる名誉段位がある。 * 級 - なお、飛び級することもある。 * o 十級、九級、八級、七級、六級、五級、四級、三級、二級、一級 * 段 * o 初段、二段、三段、四段、五段、六段、七段、八段、九段、十段 称号 [編集] * 範士 - 七段以上相当(全日本居合道連盟では八段以上相当) * (準範士) - (全日本居合道連盟のみ制定している称号) * 教士 - 六段以上相当(全日本居合道連盟では七段以上相当) * 錬士 - 五段以上相当(全日本居合道連盟では六段以上相当) 武道においては、錬士・教士・(準範士)・範士の称号が広く制定されている。これらの称号の起源は明治期において、大日本武徳会が武道に精励した者に対して精錬証を授けたことが後に錬士の称号制定につながっているとされ、達士(後に教士)、範士の称号とともに剣道の称号として成立したことによる。これらの称号は後に居合道、杖道、弓道、空手などで広く見られる。 武道の理論 [編集] * 嘉納治五郎の武道論 * 富木謙治の武道論 * 南郷継正の理論 - 唯物論的弁証法により武道を科学として解明し、武道本質論、武技上達論、勝負論など確立したとしているが、理論に基づく成果が全く提示されていないという指摘がされている。 参考文献 [編集] * 『武道の誕生 』井上俊 吉川弘文館 2004年 ISBN 4642055797 武道と縁の深い神社 [編集] * 鹿島神宮 * 香取神宮 - 武術・武道の神とされ、「鹿島大明神」・「香取大明神」として道場に祀られることが多い。 * 林崎居合神社 - 居合の始祖・林崎重信公を祀る。 関連項目 [編集] * 日本武道館 * 受け 外部リンク [編集] * 武道論とその課題 * 井上俊『武道の誕生』吉川弘文館 * 「嘉納治五郎の近代認識と柔道」 * 武道人名事典 * 自成道 時津賢児 * 居合道は終生不退全霊傾注の心術(ジャック・マルシィアノ筆) * 銃剣道連盟公認サイト「ジュウケン」 [表示] 表・話・編・歴 武道・武術 \ 現代武道 古流武術 徒手・組み手術 柔道 | 相撲 | 空手道 | 合気道 | 躰道 | 高専柔道 | 拳法 | 空道 柔術 | 忍術 | 相撲 | 手 (沖縄武術) 武器術 剣道 | 弓道 | 居合道 | なぎなた | 杖道 | 銃剣道 弓術 | 馬術 | 槍術 | 剣術 | 抜刀術 | 居合術 | 薙刀術 | 手裏剣術 | 棒術 | 半棒術 | 杖術 | 鎖鎌術 | 含針術 | 忍術 | 砲術 | 琉球古武術 伝統・儀式 栄誉礼 | 流鏑馬 | 笠懸 | 犬追物 | 騎射三物 世界 武術太極拳 | 散打 | 截拳道 | ハプキドー | テコンドー | ブラジリアン柔術 | フェンシング | ボクシング | キックボクシング | シュートボクシング | レスリング | アマチュアレスリング | グラップリング 中国武術 | ラウェイ | ムエタイ | テッキョン | カポエイラ | サバット | グリマ | サンボ | シュアイジャオ | シルム | ヤールギュレシ | クシュティ | エスクリマ | フェンシング | パンクラチオン | カラリパヤット | シラット | 闘牛 警察・軍隊等 近接格闘術 | 逮捕術 | 自衛隊格闘術 | 自衛隊逮捕術 | 矯正護身術 | 側衛術 | 綜警護身術| 護身術 | クボタン | フェアバーン・システム | クラヴ・マガ | システマ | 特攻武術 | 銃剣術 十手術 | 捕手術 | 捕縄術 | もじり術